ここまでマウントアダプターが普遍化したのって初めてではないでしょうか。
レイクオールやその他色々と、ありとあらゆる組み合わせのマウントアダプターが市場に出回っていますね。レンズ遊びが好きな身としては幸せな時代ですw
ご存知の通り、カメラのレンズというのは大変な精密機器です。一本のレンズは複数枚の単レンズで構成されていて、ちょっとしたメカの工作精度や組上げ精度の影響などで単レンズの中心(光軸)や間隔がずれてしまうと設計時に意図していた性能が出なくなります。設計するのも組上げるのも難しい製品です。*1
熱による膨張であるとか製造バラツキに対する余裕度であるとか、細かい事を言い出すととてもじゃないですけど手に負えないのでw 残りは全部省略するとして、寸法精度は大事、とだけ心にとどめておいていただければ。
で、マウントアダプターとミラーレスカメラの台頭によって他マウントのレンズやフィルム時代のレンズを使ったりするケースが増えたと思います。マウントやメーカーや時代の縛りなく自由にレンズを使えるのは大変に素晴らしいことです。自由度は増したのですが、いくつか留意しておくべきポイントがあります。
フィルム時代は、露光時にレンズと撮像面の間をさえぎるものは何もありませんでした。レンズを通過してきた光は直接フィルム面に照射されます。当然、レンズを設計するときもレンズとフィルムの間には何も無い状態でBestな性能が出るように設計されています。
撮像素子が半導体センサーに置き換わることでレンズ光学から見て一番の大きな違いは、レンズと撮像素子とのあいだに色々と余計なもの(いや必要なんですけどね)が入っている事です。RGGBフィルタ、マイクロレンズ、LPF、IRUVカット、カバーガラス。当然、デジタルカメラ向けに設計されたレンズはこれらの余計なものが入っている事を前提として、その条件下でBESTな性能が出るように設計されています。デジタルカメラに最適化した設計というのはこれらの事柄を考慮に入れているという意味も当然ながら含んでいます。
ユーザーの観点で留意すべきポイントをざっくりまとめるとカバーガラスの厚みとCRAに集約されると思います。
カバーガラスの厚み
カバーガラスはセンサー、RGGBフィルタ、マイクロレンズ、LPFなどを保護する役割でセンサー最前面に配置されます。もちろんフィルム時代にはカバーガラスなど存在しません。ここで誰もが思う「フィルム時代のレンズをカバーガラスがあるデジタルカメラに使うと、何がどう変わるのだろう?」という疑問。
非常に簡単ではありますが、レンズ光学設計用のソフトウエアを使って検証してみます。光学設計ソフトは通常非常に高価(数十~数百万円)なのですが、OpTaliX-LTというソフトウエアが個人向けライセンスで7千円くらいで入手可能です。
OpTaliX-LTを起動すると、デフォルトでダブルガウスタイプ、焦点距離50mm 開放F値2.5のレンズの例が立ち上がります。
フィルム時代のレンズ設計ですから当然レンズと撮像面との間にはなにも余計なものはありません。この状態で、非点収差の特性を見てみます。
(下グラフの中央)
青:450nm
緑:546nm
赤:650nm
横軸: 光軸方向の結像位置[mm]
縦軸: 撮像面上の光軸中心からの距離(像高)[mm]*2
ちなみに、右は歪曲収差(横軸:歪率[%]、縦軸:像高[mm])、左は縦の球面収差(横軸:光軸方向の結像位置[mm]、縦軸:入射瞳径[1で最大系])、です。
どの波長も、中心から外へ向かって像面がレンズ側へシフトしていますが、サジタル向きの結像点(実線)とメリジオの結像点(点線)とまあまあそろっているように見えます。
ここに、ちょっと極端ですが厚さ3mmのガラス板を入れてみます。
この状態で非点収差の特性を見てみると
一見、光軸上でFOCUSポイントが動いていないように見えますが、これはソフトウエア上で自動的に像面平均位置を補正しているためです。実際にはカバーガラスが無いときよりも1mmほど結像面全体(グラフの中心縦軸)が後ろへシフトしています。そして、高い像高で明らかにサジタルとメリジオが離れ(非点収差が増えて)、かつ、像面が後ろへ移動しているのがわかる…つまり平行移動しているだけではなくて非点収差のグラフの形が変わっているのが判ると思います。このレンズの例ですと、たまたま元々が像高が高いところの像面が手前にいるので、カバーガラスにより像面はフラットになる方向へ動きますが、非点収差は増えています。歪曲収差は悪化していますね。
画角が40°のレンズですとまだこの程度なのですが、撮像面への入射角が大きく傾けば傾くほど、カバーガラスの厚みに対する影響度が大きくなるのは直感的に理解いただけると思います。(実際、そうなります)
まとめますと、カバーガラスが入ることで像面歪曲が起こる。傾向として像高が高いところほど像面は後ろ(レンズから遠ざかる)へ移動し、かつ、非点収差も変わる。結果として良くなるか悪くなるかは元々の像面の位置や非点収差の特性によるので一概には言えない。となります。
CRA (Chief Ray Angle)
一言で言えばセンサーに対する光の入射角度のことですね。
斜めの入射光をセンサー表面のフォトダイオードに導くために撮像センサーにはピクセル毎にマイクロレンズが配置されているのですが、位置や形状がメーカーによって違います。このマイクロレンズで斜めの入射光が屈折してフォトダイオードに垂直に入射するようにしているのですが万能ではない(どころか単なる虫眼鏡みたいなもん)ので、対応できる角度には最適な値とある程度の許容幅があります。これをセンサーのCRA特性と呼んでいます。
ちょっと前のスマホ向け豆粒センサーですが、ソニーでCRA仕様例が公開されているページを見つけたのでLINK(ページ下の方)しておきます。こんな風に、像高~%のときの光の入射角は何度とセンサーによって決まっているのです。このページに乗っているのは簡略化された仕様で、本当は角度ズレvs色の変化の特性仕様もあります。
各社のレンズは自社で採用しているセンサーのCRA特性に則ってレンズ設計をします。センサーのCRA仕様とレンズのCRA特性のマッチングが極端に悪いと、外周部で色被りや極端な減光が発生したりするわけです。フィルムでは光の入射角で色被りが発生したりしません(減光はします)のでCRAはほぼ無視して広角でも望遠でも使えたわけです。
以上を踏まえて、ここから先は私見ですが。
ソニーのミラーレスカメラの広角レンズが小さくできないのは、レフ機とほぼ同じCRA特性をもったセンサーを使っているからではないか?と推測しています。広角レンズであってもレンズに垂直に近い角度で入射させる必要があるために後玉を大きくし、かつ、レンズ構成も複雑になる、というわけです。逆に標準域から望遠に関しては特に無理なく設計できる。はず。むしろ今まで使えなかったミラーボックスの場所を使い切って、いままで到達できなかった性能を達成できる可能性も出てきますね。
逆にライカの場合は、過去のフィルム時代のレンズ資産を生かすために高い像高位置で大きなCRA特性を持ち極薄のカバーガラスを使用したセンサーが採用されていると想像されます。故に過去のレンズ、広角レンズでも周辺で色被りしないし結像性能も殆ど変化しない。逆に望遠など焦点距離の長いレンズになると、普通に設計すればCRAは小さくなる(ほぼ垂直に入射する)光を、広角レンズと同じように無理やり最後の方のレンズで広がるようにしなければならないので設計難易度が上がる。のではないかと。デジカメinfoでライカSLの広角ズームの特許ネタが上がっていましたが、これみるとCRA小さくできるはずなのに、わざわざ大きくしているように見えて仕方がありません。*3
結局は程度問題。
ニコンはニコン、キヤノンはキヤノン、フジはフジ、SONYはSONY(以下略
それぞれがそれぞれのセンサーに最適化してレンズを設計しているはず。つまり、マウントアダプターを介してレンズを自由に使うということはミスマッチは前提であるということ。たぶん発生していて、あとは程度問題。ということです。
実際、レフ機のマウント同士での使用ではまず気にならないです。気になるレベルでカバーガラスの存在やCRAのミスマッチが気になったのは、ほとんどがライカMマウント向けの広角レンズをa7で使ったケースです。Mマウントレンズ⇒Xマウント(APSC)ですと、そもそも周辺使っていないので問題が顕在化しにくいですね。
これはちょっと余談なのですが、コシナのBiogon2/35をa7で使っていたときに若干四隅が流れると感じていたのですが、ほぼ同じレンズ構成のLoxia2/35では隅々までキッチリ結像していました。Biogonはフィルム時代のライカ向け、LoxiaはEマウント向けに最適化したということですから、おそらくカバーガラスなどの存在を考慮にいれてEマウント向けに最適化したものと推測しています。
同様の再最適化はコシナのクラシックZeiss⇒MILVUSでも施されていると思われます。
最近ではSONYから裏面照射(BSI)タイプのイメージセンサーがリリースされて、デジカメでもスマホでも普通に使われるようになっています。確かにBSIセンサーはCRAの許容幅が広いのでCRAの大きなレンズでも周辺の不自然な光量落ちや色被りがかなり改善されますが、低感度時のノイズが多めなど、あらゆる面で従来のセンサーより優れているとは言えない様です。今のところは。更なる改善が望まれますね。
とまあ、長々と書きましたが
以上をひっくるめて、レンズ遊び楽しいっす( ´ ▽ ` )ノ
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